鋸ケース | TOSA-KM240sheathのエピソード

ハンドメイド剪定鋸土佐片盛用革ケース

TOSA-KM240sheathの改良点

この鋸ケースは、MedSawPockesawのデザインをベースとして土佐片盛というノコギリ用にカスタマイズしたものです。ちなみに、MedSawPockesawとは下のノコギリケースです。

ハンドメイド剪定鋸ケース2種

画像からは、ぱっと見デザイン的にはほとんど変わらないかもしれませんが、鋸ケースのサイズ、グリップのサイズ共に違うものですので、見た目は変わらなくてもほとんど一から型紙を作り直すことになりました。

これまでの鋸ケースから今回のものでマイナーチェンジしているのは主に3点。
・見た目:鋸ケースの縫い方を二重縫いからクロス縫いにしている点
・構造面:グリップをそれまで二枚を縫い合わせていたものから一枚革にした点
・ 〃 :グリップの革ひもの通し方を上下逆にした点

細かい変化などどうでもいい話のようですが、何が言いたいかというと、作ったものを使って考えながら次の作品をより良いものに改良して行っているということです。少しずつ進化していると実感できることがつくる喜びでもあります。飽きっぽい性格で同じものを作るのが嫌なだけだろ!とも言えますねw

 

創作には経験が必要な場合もある

ハンドメイド剪定鋸ケース土佐片盛クロス縫いの仕上がり

今回、ケース部分はクロス縫いというバッテンに縫っていく方法をとっていますが、こうして見るとなかなか味わい深いですね。

このクロス縫いの鋸ケースですが、実はかなり前に一度試みたことがありました。
鋸ケースをつくり始めて間もない頃、これは絶対いいものができるぞ!と期待して作成したのですが、結果は自分が思ったような風合いが出ずにガッカリしたものでした。でも、その時は何が悪いのか?どうすればいい雰囲気に仕上げることができるのか?方法がわからず、それからクロス縫いの鋸ケースに挑戦することはありませんでした。

で、今回と前回では縫い目の位置と糸の色が違うというだけで、それほど大きな変化ではないのですが、今回はなかなかいい感じにできたと思っています。何事も経験というものが必要な場合があるものですね。

ハンドメイド剪定鋸ケース土佐片盛グリップの仕上がり

経験と言えば、構造的な改良点であるグリップにしても同様です。MedSawの時より確実に経験が活かされて、見た目も耐久性も良くなっています。

 

この鋸ケースをつくった経緯

ハンドメイド剪定鋸ケース土佐片盛クロス縫いバージョン

この土佐片盛という鋸本体は自分で買ったものではなく、実は頂き物で、その話はわたしが植木屋として独立した頃にまでさかのぼります。

独立した当初、たいして仕事なんてない頃、ちょこちょこ手伝いに呼んでくれた先輩植木屋さんがいました。その人はこのブログでも登場しているYさんです。
ちなみに、Yさんについて書いた最近の記事はこちらです。 ⇒【斧ケース作成とその依頼人さんとの話】

そのYさんは道具好きで、道具についてマニアックで面白い話を色々と聞かせてくれ、仕事面でもお世話になったものでした。
そんなある日、「これあげるよ」と譲ってくれたのが土佐片盛の新品でした。

 

土佐片盛という鋸

この土佐片盛という鋸は、昔土佐(高知県)の鍛冶屋さんがつくったもので、残念ながら今は製造されておらず、いわば幻の手打ち鋸となっています。大量生産の替え刃式鋸が主流になっている今となっては、目立てをしなければ使い物にならなくなるこのようなものに価値を感じる人も少なくなってしまいました。

今いかにも自分は価値を感じている風に書きましたが、そういうわたしはというと、普段は替え刃式鋸しか使ってないんですけどねw

でもこれをくれたYさんは、普段手打ち鋸を使っており、目立ても本職に出して、大切に使い続けています。こういうところは本当に頭が下がります。

中には自分で目立てをする人もいると思いますが、どうしても鋸刃のバランスが崩れてしまいがちです。いつでも買える状態であれば、適当に目立てして使い倒してしまえばいいですが、そういうわけにはいかないもので。
全体の応力バランスまで取ってくれる職人さんにわざわざ目立てに出す徹底ぶりです。

土佐片盛300本体

それでわたしが所持している片盛の鋸はこれ。
今ではだいぶ年季が入ってしまっていますが、15年程度は経っていることを思えば傷みは少ないほうかと思います。

土佐の刃物というのは有名でして、高知県は日本有数の刃物の産地となっています。その歴史は古く、製造の中心が山林・農作業用具であったこと、刀の鍛造技術を取り入れていることなどから、土佐打刃物と呼ばれるものは、切れ味、使い勝手が良く、耐久性も高いというところが特徴です。

土佐の刃物について興味があれば、紹介しているサイトがいくつもありますので参考までに二つ。
土佐打刃物(とさうちはもの)の特徴 や歴史- KOGEI JAPAN
土佐打刃物|さんち 〜工芸と探訪〜

 

改良刃鋸—片盛の形状としての特徴

土佐片盛刃の形状先
鋸刃先側
土佐片盛刃の形状元
鋸刃元側

ついでなので、鋸刃の形状についてもちょっと説明します。
鋸刃部分が写っている上の画像を見てもらえばわかる通り、ちょっと特殊な切れ込みが入っていますよね。

これは改良刃と言って、大きな切れ込みの形状が特殊なだけでなく、刃の付き方にも工夫があり、縦にも横にも木目に関係なく効率よく切れるようになっています。

大工さんが使う鋸は、材木の切断方向によって横引き用と縦引き用があるのはご存知かと思いますが、その二つを合体させたような鋸が改良刃鋸となっています。
剪定作業は樹上や足場の悪いところで行うのが普通ですし、生木を切っていると途中で繊維の方向が変わるのも普通で、そのたびにいちいち持ち変えるわけにもいきませんのでね。そんな工夫があるわけでございます。

Yさんがこれを目立てに出しているのも、この改良刃の目立ての繊細さが一つの理由ではないかと思います。

そして、形状としてのもう一つの特徴は、刃が根本の方では細かく、先の方では粗くなっているというところ。上の画像を見比べてもらえばわかるかと思います。

この鋸は切断箇所に根本の方から刃を入れて切っていく使い方だそうで、そのために食い込みがいい細かい刃を根元に、大きく切れる粗い刃を先の方に配置するという工夫をしています。 たかが剪定鋸ですが、いろいろな工夫が詰まっているのがわかりますね。先人の知恵の蓄積を見るようで実に興味深いです。

このような鋸を一本一本鍛造し、手作りで丹念につくっていたことを思うとき、はじめてこの物の価値に気づかされ心を打たれます。

そして、この鋸の値段はいくらだと思いますか?

3万円ですか?5万円ですか?
聞くところによると1万円しないというではありませんか、、、。伝統を受け継ぐ技術を持った職人がいかに報われないか、よくよくわかります。

そこには、いかに手間暇かかろうが需要のない物はお金を出す価値のない物というやるせなさがあるし、自ら売ることのできない職人というのは基本的に買い叩かれるという悲しい現実があります。

 

土佐片盛の使い心地

ここまでこのようなありがたい話をしてきて、なおかつそれをタダで頂いといてMJ言いにくいんですが、、、この鋸は私としては使いづらい、、、です。

えっ?えっ?今なんと?

でも、MJ×10残念な奴だと思わないでください。今説明しますッ。

土佐片盛サイズ

まず、この鋸の大きさです。

全長で500㎜弱、ベルトから下げた場合、腰からケースの先までが470㎜程度になっているかと思います。そして、鋸刃の部分は300㎜ほどあります。

山で仕事をする林業関係ならこれくらいが適度なのかもしれませんが、私は主に住宅で仕事をする植木屋ですので、これだとちょっと長すぎるというのが正直なところ。これだとかがんで掃除するときは、絶対引きずりますしね。

この鋸は元々は山仕事用につくられているようなので、そもそも細かいところに鋸を入れたり、長時間かがんで使用するには不向きと言えます。

そして、もう一つ。細かいところに刃を入れて鋸の先端から切り進めるのが普通になっている植木屋からすると、先ほど説明したように、この鋸は元の方から切り進めるような刃なので逆になってしまうことが非常に多いのです。つまり、鋸を引きづらいということです。

そんなわけで、これが活躍するときというのは、これまで大きな木の剪定の時に限定されていたのでした。

 

土佐片盛再び

剪定鋸土佐片盛本体

この通り。
優しいYさんがある日これを送ってきてくれましたよ。プレゼントだそうです。

そして、この鋸はなんと10数年前にもらったものと同じ土佐片盛の240㎜バージョンというではないですか!!
えっ!そういう長さのバリエーションがあったの?という驚きもさることながら、な、な、なんと!通常刃だったものを改良刃にカスタマイズしてもらったというではないですか!凄いこだわりよう!

何でも、岐阜の道具屋さんで偶然二本見つけて、それを別のところで改良刃に改造してもらったということでした。

しかも、二本しかない内の片方をわたしにくれるなんて。240㎜なら普段わたしが使っている鋸MedSawとサイズ的にも同じだしきっと使いやすいはずです。

 

よ~し、これは専用の革ケースをつくるしかない!
そして、お礼にYさんにもそれをプレゼントして喜んでいただきましょう!

ということで、今回のTOSA-KM240sheathの製作をはじめたという次第です。

そして完成したのが冒頭の作品なわけですが、あれは自分用に遊び心でつくったものでした。Yさんには少し希望を聞いてちょっとだけ違うデザインのものを作りました。

 

手作り剪定鋸ケース土佐片盛二重縫いバージョン

それがこれです。
訳あって出先のホテルでしか撮影できなかったので、ちゃんとした画像に残せなかったのが残念ですが、これを渡したらYさんも喜んでくれました。

そして、これは使うのがもったいないね、と言ってくれましたが、わたしの方はというと、鋸がもったいなくて使えそうにないという気持ちなのでした。

 

思いと技術が詰まった道具は美しい

ハンドメイド剪定鋸ケース土佐片盛イメージ

今回は長々と道具の話を書いてしまいましたが、やはり人の手でつくられたものには、特別な美しさを感じてしまうものですね。機械やロボットがやっても全く同じ鋸ができるかもしれませんが、やはり同じ人間としてつくることの喜びや苦しみを知っているからこそ心に染み入るものがあり、共鳴するものがあります。そして、その共鳴から新たな美しいものが生まれていく。

人の手でしたことやつくったものには、人にしか感じることのできない価値があり、それこそが人の手でやることの意味であり、人が生きることの意味ではないかと思ったりします。

普段、合理的でないことは極力したくない性格の自分が、なぜ、こんな非効率な革細工や植木屋を続けているのかと考えた時、どこかでそれを証明したいと思っているからなのでは?と思うことがあるのです。