革製斧ケース作成とその依頼人さんとの話

ハンドメイド斧ケース

この斧ケース、これは革ケースをつくり始めて1年ほど経ったちょっと昔のもので、最近作ったものではありません。今見るといくつか改善したい点もありますし、相変わらず恥ずかしい出来ではありますが、フォルムやホールドの仕方などの点では概ねそつなくできているように思います。
その頃は、とにかく楽しいが先行して、作ったものを記録に残すという頭すらなく作成していまして、この斧ケースも一枚の写真も撮ることなくあげてしまったもので、この度初めて写真におさめました。

久々に依頼人の家に行って見せてもらったのですが、多少汚れはあるものの比較的きれいな状態でした。本人も気に入って使ってくれているようで、こんな物でも大事に使ってくれて、うれしく感じた次第です。

ハンドメイド斧ケースと斧

中におさめている斧はこのようなもので、斧自体味わいのある品ですね。今回の訪問で、そういえばということで、偶然見ることになったのですが、それにしては斧がよく手入れされていて、刃も怖いほど切れそうでした。

ハンドメイド斧ケース全様

そして、この斧はどういった用途に使用する物かというと身を守る護身用です。このように柄の長さも600~700㎜ほどありますので、振りかぶれば殺傷力は抜群のはず。

恐らく人の頭などわけもなく二つに割れてしまう、、、。

依頼人さんの素顔

というのは冗談ですが、まさにそんなブラックジョークを言いかねないのが、この依頼人Yさんでして。まあ、今のは笑えない冗談ですが、普段からくだらないことを言ってみたり、人とは違った切り口でものを見るとてもユニークな人です。そして、非常に多趣味であり、勉強家であり、いい意味でのオタクという感じです。

それで、この斧の本当の用途は、大きな丸太などの木材をはつる時に使います。もちろん薪割りなどにも使えますがね。

木材をはつるというのはこんな感じです。
木口に印があるのがわかるでしょうか。この時は、丸太をはつって印にあるような形に成形したようです。これは「削ろう会」の催しの一幕で、作業しているのはYさん本人です。(楽しそうにやってるでしょ?)

この「削ろう会」というのは、公式サイト(http://kezuroukai.jp/index.html)によると、

鉋削りをはじめ、手道具や伝統技術の可能性を追求する会です。
大工をはじめとする木造・木工関係の職人のほか、その工具を作る鍛冶、手道具や職人に興味のあるアマチュアが集まって、競い・楽しみながら技術交流をしています。

ということで、鉋(かんな)で削った鉋クズの薄さを競ったりしていることでも知られています。

といっても、Yさんは私と同じ基本的には植木屋ですが、刃物と大工仕事が好きなことから、実益を兼ねた趣味ということで、このような会にも参加しているようです。
このように興味のあることに邁進する行動力は、私がYさんについて関心することの一つです。興味のあることは追求しないと気が済まないので、このことだけでなく、セミプロくらいのレベルに達してしまうこともしばしばです。

分野は全然違いますが、私が思うにホリエモンと似たところがあるように思っています。ホリエモンと同じというのを本人はきっと嫌がると思いますので、ちょっと違う言い方をすると、ホリエモンをだいぶポンコツにした感じとでも言いますか。

、、、誰に似ているというのは置いておいて、その行動力。つき動かす原動力が何なのか、私の興味のあるところです。一気に燃え上がって、一瞬にして覚めることもしばしばなので、やり散らかすこともあるのですが、行動に移す前に相当考えこんでしまうことが多い鈍いわたしからすると、とりあえず走り出す俊敏さは見習いたい部分です。

訪問した日は雨が降って寒く、件の斧で割った薪をくべたストーブ。まだ10月でしたがその火にあたりながら、さしたる趣味もないわたしを見て、「いったい何が楽しくて生きてるの?よく生きてるねー」と言われる有様です。「確かに。(これ言われるの何回目?涙)」

依頼人Yさんとの関係

このように書いてくると、Yさんとわたしは革ケースを通じて知り合った感じになりますが、実際はそうではなく、元々は仕事関係のつながりです。わたしの庭に対する感覚や手入れの方法などがYさんの考えと共通する部分があるため、Yさんからすると一まわりも年齢が違いますが、仕事を頼みやすいようです。

わたしからすると、上記したように探求心に関して見習いたい人でありますし、またわたしがつくる革ケースを無条件で気に入って価値を認めてくれる貴重な存在でもあります。
例えば、このブログに載せているような革ケースに対して、表面的に「かっこいいですね」と言ってくれる人はいると思いますが、売るつもりないけど、「売るとしたら最低1万円はしますね~。」なんて言ったら、多くの人は「(ぼったくじゃない?)」と思うはずです。

でも、Yさんは「そんくらいは当然かかるだろうね~。」といった感じ。

色々な趣味があり、それに使う道具やら材料やら様々見てきたからこそ、普通の人には見えない労力の積み重ね(=値段)というのが、Yさんには見えているのだろうと思うのです。

わたしなどもついついやってしまうのですが、人は直観的に「高い」とか「安い」とか断定してしまいがちです。特に安くてそこそこ使えるものが溢れる現代では、手間をかけて手作りされたものの価値は忘れられがちです。もちろん、手間をかければいいってもんでもないですし、手間をかけた結果できたものが汎用品に劣るなら、無価値とされても致し方ありません。

手間をかけて手作りされたものの本当の違いや価値に気づき、共感するかどうかは、その人次第というところがあります。その違いは興味のない人には、取るに足らない本当に些細な違いかもしれません。ですが、見る人によっては大きな大きな違いになっているのだと思います。

私はYさんと話していると、ふとそんな点で救われた気持ちになるのです。
それは自分のつくったものを褒めてくれるからではありません。Yさんが手仕事でしかできないことの価値と尊さを認めているからであり、それに対して上辺の口だけでなく、逃げも隠れもせずにきちんと対価を払う姿勢があるのを随所で見て、聞くからです。そして、そんな人がわたしの身近にいてくれることにじんわりと感謝の念を感じています。

Yさんとのエピソードは他にも!
Yさんからもらった鋸のエピソード