以前、知り合いの植木屋さんに頼まれて、剪定用の革ケース3点セットをつくったことがあります。
木鋏、剪定鋏、鋸が入る革ケースのセットで、既存の型紙をベースに、この人用に多少カスタマイズした、ちょっと手間のかかった革ケースでした。
つくった当時のことは、別の記事でも紹介しています。
→この革ケースセットをつくったときの話はこちら
そして、この革ケースにはその後があります。
数年後、久しぶりにこの革ケースを目にしたわたしは、
「えっ……?」
となりました。
そこにあったのは、わたしの記憶にある革ケースとは、ずいぶん違う姿だったからです。革ケースは使えば傷みます。ましてや植木屋の仕事道具ですから、汚れるのも傷がつくのも当然です。
そんなことはわかっている。わかっているんですが……。まさか、あんなことになるなんて。
今回は、この革ケースがその後どうなったのか。そして、それを目にしたわたしが何を思ったのかという話です。
この革ケース、タダではお渡ししませんでした
この革ケースをつくった相手は、知り合いの中でもわたしが好きな植木屋さんでした。もちろん本人は、最初からきちんとお代を払うつもりでいました。でも、わたしとしては正直、タダであげてもよかったんです。
でも、タダでもらう方もそれはそれで気をつかいますよね。「何かお返ししなきゃ」と面倒をかけるのも申し訳ない。
わたし自身、「ただより高い物はない」という言葉が妙に染みついている人間で、スーパーの試食なんかも買う覚悟なしには手を出しません。まあ、単にあとからお返しとか考えるのが面倒くさいだけなのかもしれませんが。
それと、もう一つ理由がありました。以前、別の知り合いに革ケースをタダであげたことがあります。
その革ケースをあとで見る機会があったのですが、なかなかの傷みようでした。本人に悪気がないことはわかりました。
それでも、つくった方としては、
「なんでそんなんなっちゃったの?」
というのが正直な感想でした。
そこでわたしは考えました。
タダでもらった物だから、大切に扱わないんじゃないか?
無料だから価値がないというより、何の気なしにもらった物については、その価値をわざわざ考えないのかもしれません。逆に、安い物でも自分のお金で買った物は妙に大事に使ったりしますよね。ちょっと高い物なんか買った日には、もったいなくてしばらく使えなかったり。
自腹を切るって、そういうところがあります。
というわけで、この革ケースセットについては、タダではなく、きちんとお代をもらうことにしました。
しかも、まあまあ高い
具体的な金額はここでは置いておきますが、市販の革ケースと比べればかなり高い値段でした。オリジナルで革ケースをつくるとなると、材料費だけでは済みません。
道具を採寸して、デザインを考えて、型紙をつくって、試作して、実際に革でつくる。
この3点セットにも、それなりの時間がかかっています。

それでも、こちらからすれば割に合うような値段ではありませんでした。ただ、一般的な革ケースの値段に慣れている買う側からすれば、
「革ケースにそんなに払うの?」
というくらいの値段だったと思います。
このブログで紹介しているような完全オリジナルのハンドメイド革ケースが、もし販売されるとしたらどれくらいの値段になるのか。そのあたりについては、別の記事で詳しく考えてみました。
→オリジナルの革ケースはいくらくらいする?価格について考えた記事はこちら
だからわたしは思ったわけです。
これだけ払ったんだから、さすがに大事に使うだろう。
これで大事にしなかったら、よっぽどの資産家か、宝くじ当たっちゃった人か。
どっちかしかないですからね(笑)
実際、最初はかなり大切に使ってくれていたようです。聞くところによると、ここぞという仕事のときにしかお目見えしない、幻の革ケースとして君臨していたらしい。
ほら。
やっぱり自腹を切れば物は大切にするんですよ。
わたしの仮説は正しかった。
……はずでした。
数年後、あの革ケースと再会
そして数年後。
久しぶりに、あの革ケースセットを見る機会がありました。
「さてさて、どんな感じになったかな」
革ですから、傷や汚れくらいは当然あります。いい感じに使い込まれていたら、それはそれで嬉しい。
そんな気持ちで見てみると――。

…………。
え?
ちょっと待って。
これ、わたしがつくったやつですよね?
傷はいい。
汚れもいい。
仕事道具だから、それはわかる。
でも。
向かって左のケース。ないはずの木鋏の影が映ってる。心霊写真じゃないよね?
真ん中のケース。縫い合わせた糸がほとんど切れて……いる。
そして、右。


よ、養生テープまでついてるじゃないか!
ど、どうやれば、こんなことになるんだい?
ねぇ、教えておくれよ。
高かったよね?
これ、まあまあ高かったよね?
宝くじ当たった?
幻のラスボスから一兵卒へ
聞くところによると、本人もはじめは本当に大事に使っていたようです。なにせ、ここぞという仕事のときにしかお目見えしない「幻の革ケース」です。
ところが、人間って慣れる動物ですよね。
時がたち、風に吹かれ。
また時がたち、雨に打たれ。
そんなことを繰り返しているうちに、段々と幻のラスボス的存在だったことを忘れ、いつの間にか一兵卒にまで降格してしまったようなのです。
そして一兵卒になれば、現場では普通に働かされます。
枝に引っかかる。土で汚れる。雨に濡れる。鋏や鋸をガンガン突っ込まれる。
壊れたら、とりあえず養生テープ。
造園の現場は過酷です。
……いや。
そんなことはわたしだって知っています。知っていますけど、自分がつくった革ケースがボロ雑巾みたいになっているのを見ると話は別です。
「ああ、かわいそうに……」
そのときわたしは心に誓いました。
「もう二度と植木屋に革ケースはつくらない。つくってやるもんか」
と。
……それから半年
それから半年ほどたったころ。ふと、あることに気づきました。
あれ?
ひょっとして、悪かったのはわたしの方なんじゃないか?
と。
ここではっきりさせておきましょう。
わたしは革職人ではありません。
そうです。
植木屋さんです。
すっかりそのことを忘れていました。
革職人から植木屋さんに向けて、革ケースをつくった。
ではなく。
植木屋さんから植木屋さんに向けて、革ケースをつくった。
これです。
自分だって毎日のように現場で道具を使っています。仕事に夢中になっていれば、道具をいつも丁寧に扱っていられるわけでもない。
そんなこと、一番よく知っている側の人間でした。
それなのに、自分がつくった革ケースとなった途端、
「大切に使ってくれるはず」
「なんでこんなに傷むんだ」
と思っていたんです。
でも、革ケースは飾るためにつくったものではありません。仕事で使うためにつくったものです。
だったら、現場でガンガン使われて傷だらけになることもある。むしろ、そこまで使われたということでもあります。
……まあ、養生テープを見たときの衝撃は今でも消えませんけどね。
今度つくるなら、もっとゴリゴリに
この出来事があってから、少し考え方が変わりました。
「どうすれば大切に使ってもらえるか」
だけではなく、
「どうすれば過酷な現場で使い倒しても耐えられるか」
ということも以前より意識して考えるようになりました。
革ケースをきれいな状態で長く使ってもらえれば、つくった側としてはもちろん嬉しい。
でも仕事道具なら、傷がつかないことより、使いやすくて、仕事の邪魔にならなくて、毎日のように使えることの方が大事なのかもしれません。
そう考えると、養生テープまで貼られたあの姿も――。
いや。
やっぱりもうちょっと何とかしてほしかったな(笑)
とは思いますが。
少なくとも、
「もう二度と植木屋に革ケースなんかつくらない!」
という思いはなくなりました。
むしろ、造園の過酷な現場を知っている植木屋だからこそ、
次につくるなら、もっとゴリゴリに耐久性のあるものをつくってやろう。
今は、そんなことを考えています。
そして、この話にはもう少し続きがあります。
ズタボロになっていたあの革ケース、そのまま捨てられたわけではありません。
後になって、実際に修復することになりました。
長く使った革ケースの傷みや、実際に仕事で使ったことで見えてきた不満から、次の形へつながっていったエピソードは、「使いながら変わった革ケース」でまとめています。
