ヌメ革に特殊加工を施した、この鋸グリップの味わいはいかがでしょうか?
グリップの下に写っている鋸ケースが、もともとのヌメ革に近い状態です。それと比べると、このグリップがいかに手の込んだ加工をされているか、よく分かると思います。
加工方法はいたって簡単。
雑草ボーボーの地面に、1年以上放置するだけです。
……冗談です(笑)
正確には「特殊加工」というのが冗談で、1年以上地面に放置されていたというのは本当です。
もちろん、わざわざ置いておいたわけではありません。持ち主が仕事中に失くして、そのまま見つからなくなってしまったのです。
白く見えるのは模様でも何でもなく、カビ。
雨ざらしになり、草に埋もれ、1年以上。
今回は、そんな状態になった一本の鋸が、不思議な巡り合わせで持ち主のところへ戻ってきた話です。
この鋸の持ち主はニョンパさん

こちらが、まだ元気だった頃の姿です。この鋸は「土佐片盛240」という手打ちの剪定鋸です。
持ち主は、このブログに何度も登場している先輩植木屋のニョンパ ツォゲェルさん。
わたしが植木屋として独立したばかりの頃から、今に至るまで何かとお世話になり、かわいがってもらっている方です。そして、かなりの道具好きでもあります。
この土佐片盛240も、ニョンパさんが岐阜の道具屋さんで偶然2本見つけ、それをわざわざ改良刃に加工してもらったものです。
そのうちの1本を、
「これあげるよ」
と、わたしにくれました。
ですから同じ鋸が2本あり、一つはニョンパさん、もう一つはわたしが持っています。
せっかくそんな鋸をもらったのだからということで、わたしは自分用とニョンパさん用、それぞれに革製の鋸ケースとグリップをつくりました。
その時の話はこちらに詳しく書いています。
→ 剪定鋸「土佐片盛240」の革ケースを製作|譲り受けた鋸のために
つまり今回カビだらけになっているのは、わたしの方ではなく、ニョンパさん用につくったグリップです。
ニョンパさん、土佐片盛240を失くす
ある時、ニョンパさんがこの鋸を仕事中に失くしたという話を聞きました。
斜面で草刈りだか伐採だかをしている最中だったようです。鋸ケースの方は腰に残ったまま。どうやら鋸本体だけ、どこかで抜け落ちてしまったらしい。
当然、なくなったことに気づいてから相当探したそうです。ところが、草木が生い茂った広い斜面です。落とした場所が分からなければ、小さな鋸一本を探し出すのは容易な事ではありません。
結局、見つからなかったそうです。
わたしがこの話を聞いた時点で、失くしてからすでに1年くらいが経っていました。
この鋸は現在主流の替え刃式ではなく、手打ちの土佐片盛です。しかも、わざわざ通常刃から改良刃へ加工してもらったもの。さらに、その柄にはわたしがつくった革グリップまで付いています。同じものをホームセンターへ行って買ってくれば済むという代物ではありません。
最初に鋸を失くした話を聞いたのは、実はニョンパさん本人からではありませんでした。
その現場にいた人から、
「すごく残念そうにしていましたよ」
と聞いたのです。
その後本人にも聞いてみると、ちょっと申し訳なさそうでもあり、口惜しそうでもありました。わたしの鋸ではありませんが、グリップとケースを自分で仕立てたものです。
それだけに、
「そりゃ残念だよなあ……」
と思いながら話を聞いていました。
数か月後、なぜかわたしが見つける
その話を聞いてから数か月経った頃のことです。ニョンパさんが鋸を失くしたことなど、わたしの中ではもうすっかり過去の話になっていました。
そんなある日、ニョンパさんから作業を頼まれました。場所は、あの鋸を失くしたのと同じ現場です。
そこで作業をしていると、ふと地面に何かが落ちているのが目に入りました。
何だろう?
拾い上げて見てみる。
何か知っているような気がする。
でも、一瞬それが何なのか分からない。
知っているのに、知らないものを見ている。
そんな妙な感覚でした。
10年ぶりくらいに街で偶然知人を見かけた時に似ています。
顔を見て、
「誰だっけ、この人……」
と一瞬考えたあと、
「あ~!○○さんか!」
と気づく。
まさにあんな感じです。
少し間をおいて、
「あ~、これ!」
と気づきました。
かつてわたしが仕立てた革グリップです。
ニョンパさんが1年以上前に失くした、あの土佐片盛240でした。
こんな偶然ある?
あれだけ広くて草木の生い茂った場所で、何度探しても見つからなかった鋸です。
それを1年以上経ったある日、たまたま同じ現場へ作業に来たわたしが見つける。
しかも、グリップをつくった本人が。
わたしは呼ばれたんですか?
スピリチュアルな事象というものを、わたしは基本的に信じない質です。
でも、この時ばかりは、ただの偶然とは思えないような不思議な感覚でした。
こうして1年以上行方不明になっていた土佐片盛240は、無事ニョンパさんの元へ戻ることになりました。
1年以上野ざらしになった革グリップ

とはいえ、戻ってきた鋸はご覧の状態です。
冒頭とは反対側から見ると、さらにひどい。おそらくこちら側が長い間地面に接していたのでしょう。
革の表面は一部傷み、分解されているような部分もあります。見えていない内側にも、おそらくカビは入り込んでいたと思います。鋸刃の方も、発見した時には錆だらけでした。
画像は発見してからしばらく経ったあとに撮らせてもらったものなので、鋸刃の錆はすでに落としてあります。
革についたカビは、表面だけなら洗ったり拭いたりして取り除くことはできます。そのあと油分を補えば、状態によっては使い続けることもできるでしょう。
ただ、傷んでしまった革そのものが元へ戻るわけではありません。1年以上、雨ざらしで地面に転がっていたのですから、さすがにこれは仕方ありません。
汚れた革グリップをきれいにする一番簡単な方法
さて、この状態になった革グリップをどう修復するかと考えた時、どんな方法があるでしょうか。
インターネットでいろんなサイトや動画を片っ端から確認し、チートを見つけるのも手かもしれません。
ただ、わたしが出した答えは実にシンプルです。
新しくつくり直せばいい(笑)
これならカビも傷みも一発で解決します。
ただし、そう思ったからといって、すぐにつくったわけではありません。
いつか新しくつくろうと思っていた
鋸を見つけた頃から、わたしの中では、
「いつか新しいグリップをつくろう」
と密かに考えていました。
せっかく1年以上ぶりに戻ってきた土佐片盛240です。そこに、自分がつくったカビカビボロボロのグリップが付いたままなのは、やっぱり何となく気になります。
もちろん、わたしが失くしたわけではありませんけどね(笑)
ただ、このことはニョンパさんには伝えていませんでした。
先に、
「そのうち新しいグリップつくりますよ」
なんて言ってしまえば、サプライズでも何でもなくなりますから。
でも、それ以上に自分の中で、
「早くつくらなきゃ」
というプレッシャーになりそうなのが嫌でした。
遊びでやっているものくらい、自分の好きな時につくりたい。
なので何も言わず、そのまま頭の片隅へ置いておきました。そして、鋸を発見してからさらに1年以上。ある日、ようやくその気になりました。

そうしてできたのが、こちらです。
以前つくったグリップは、
コバは透明。
革ひもはこげ茶。
赤い糸で横方向に縫ったもの。
今回つくったものは、
コバは黒。
革ひもも黒。
そして赤い糸でベースボールステッチ。
まったく同じものをつくるのではなく、ちょっと趣向を変えてみました。
完成したら、あとはニョンパさんの家へ送りつけます。
もちろん頼まれてはいません(笑)
代金をもらうつもりもありません。
勝手につくって、勝手に送る。
以前にも書きましたが、わたしがこれまでタダでつくってきた革ケースの一つです。
送ってしまうと、自分の中でずっと引っ掛かっていたものが一つ取れたような気がしました。
あとはニョンパさんから、
「ありがとね~」
くらいの連絡が来て終了。
意外と淡白(笑)
まあ、そんなものです。
こちらが勝手につくって、勝手に満足しているだけですからね。
鋸や鋏は失くしやすいといえども……

仕事をしていると、鋸や鋏を失くすことはあります。枝に引っ掛けたり、どこかへちょっと置いたまま作業を続けてしまったり。
特に草木の生い茂った現場では、一度地面へ落とすと、本当に分からなくなることがあります。
とはいえですよ。
上の画像は、また別の日にニョンパさんの現場で見つけた鋸です。
伐採でガチャガチャしている現場の地面に、そのまま落ちていました。
わたしが見つけて、
「これはまたわからなくなるぞ」
と思い、ひとまず切り株の上へ置いてから撮った写真です。
……。
そりゃあ簡単に失くしますって(笑)
この鋸に使っていた革製グリップそのものについては、つくり始めた理由や構造、長く使って分かったことをこちらの記事で詳しく紹介しています。
鋸のグリップをはじめ、ケースをつくるだけではなく、仕事道具そのものを革で自分なりに仕立ててきたエピソードは、「仕事道具を革で仕立てる」でまとめています。
