また一本、ニョンパさんから鋸をもらいました。
もらったというより送りつけられた、と言った方が正確かもしれません(笑)
以前紹介した土佐片盛240もニョンパさんからもらった鋸ですが、今回も通常刃ではなく改良刃の鋸です。改良刃の形状に多少違いはあるものの、刃長も土佐片盛240とほぼ同じです。

この鋸をもらうことになったきっかけは、ニョンパさんと作業していた時のこと。
わたしは普段、以前製作した替え刃式のWoodyWaveを使っているのですが、その日はちょっと切れなくなった刃で枝を落としていました。
それを目ざとく見つけたニョンパさんは、
「おいおい、もっといい道具使いなよ~」
と呆れており、わたしは内心
「ヤベ、うるせーのにみつかっちゃったよ」
と思いました。ところが次の瞬間、
「切れる鋸くれてやるよ」
と言われました。
貰えるものは遠慮なくいただく、歳を取ってそう方針転換しているわたしです。
先が長くないと思えば、貰いそびれるのは損失でしかありません。
ところがその時わたしは、
「いらない」
ときっぱり断りました。
素直にありがたくいただいておけばいい話なのですが、わたしには断らねばならない理由がありました。
もらっても、どうせ使わない
実は5年ほど前にもらった土佐片盛240を、わたしは未だに現場で使っていません。
手打ちで鋸そのものがいい道具だということもありますし、ニョンパさんからもらったという思い出もあります。さらに自分で外装を作り直し、それが自分なりに気に入った仕上がりになっていました。
そのあたりについて詳しくは、土佐片盛240の製作エピソードをご覧ください。
→剪定鋸「土佐片盛240」の革ケースを製作|譲り受けた鋸のために
そうなると、今度は使うのがもったいなく感じてきます。貧乏性なもので。
汚れるのも嫌だ。使って切れなくなるのも困る。
その結果、使わなければ何にもならないはずの鋸が、今も大切に飾られています。
そんなわたしにもう一本新しい鋸を渡したところでどうなるか。みなさんおわかりでしょう。
自分でも明確にわかっています。
どうせまた外装をあれこれ作り込み、結局使うのがもったいなくなるに決まっている。
だから「いらない」と断ったのです。
ところがです。
しばらくすると新品の改良刃鋸が我が家に送られてきました(笑)
こうなったらもう仕方ありません。
こうして、いつもの流れが始まるのでした。
部屋にある一枚の風呂敷
ニョンパさんからまたしても貰った新たな改良刃鋸。
今回の革ケース製作は特別です。これまでとは少し違ったことをしてみようと考えました。
そのきっかけになったのが、わたしの仕事部屋にある一枚の風呂敷です。
これは今から20年ほど前、以前勤めていた会社を辞める際に、後輩の女性から餞別としてもらったものです。
当時、わたしはお茶を習っていました。彼女も同じようにお茶をやっていたので、「それに使えるものを」と考えて洒落た風呂敷を選んでくれたのかもしれません。
わたしは一目見てそれが気に入りました。
ところが、わたしはお茶会に行く機会がほぼなく、着物を着て稽古に通っていたわけでもありませんでした。
結局、風呂敷で何かを包んで外へ持ち出す機会はほとんどありません。
かといって、気に入っているものをしまい込んでしまうのももったいない。
そこで今の家に移ってからは、仕事に使っている大きめのプリンターの上に掛け、ファブリックピースとして使うようになりました。
そんな使い方を始めて、もう10年以上になります。
つまり仕事部屋にいる時には、いつも目に入る馴染みの品です。
その風呂敷が「刺し子織」でした。

革で刺し子のようなことはできないか
わたしは以前、飛騨を訪れた時に刺し子模様を知り、それ以来、刺し子の持つ素朴でありながらどこかモダンな雰囲気が好きでした。
刺し子織は純粋な刺し子とは少し違いますが、わたしの風呂敷にも同じような「素朴かつモダン」な空気があります。
毎日のようにその模様を眺めているうち、
「これと同じようなことを革でできないかな」
と思ったのが、今回のケースを彩るインスピレーションの元となりました。
鞘の表面に普段より細かなステッチを入れてみたらどうだろう。
ただ、布に刺し子をするのと革を縫うのとでは事情がまったく違います。
革は硬いのであらかじめ穴を開け、そこへ両端に針を付けた糸で一針ずつ糸を通していきます。
どんな模様にするかは図面上で何度も検討しました。時間さえ掛ければ、いくらでも緻密にステッチを入れることもできます。
しかし、それが本当にいいのかという迷いもありました。
革をステッチで隠してしまわない
今回使っているのは、着色などの加工を施していない、いつものヌメ革です。革そのものが持つ自然な風合いや、使い込むことで変化していくエイジングを楽しめる素材です。
それだけでも十分な存在感があります。
そこへ刺し子を意識するあまり、びっしりとステッチを入れてしまったらどうなるのか。それでは、せっかく革を使う意味まで薄れてしまうのではないか。
「細かなステッチをたくさん入れること」が目的なら、何も素材を革にする必要はありません。
革そのものの風合いも残したい。
その一方で、普段とは違うステッチの面白さも出したい。
さらに、現実的に製作できる手間の範囲にも収めたい。
そんなことを考えながら、最終的に現在の模様になりました。

今回のステッチには、ケースを補強するといった構造上の役割はありません。完全に装飾です。
だからこそ、革とステッチのどちらを見せるのか、そのバランスを考える必要がありました。
今回、刺し子に比べればだいぶ粗いステッチという印象を受けるかもしれませんが、これだけ入れるのにも大変な手間がかかっています。
グリップには革紐を使ってみた
もう一つ、今回初めて試したことがあります。
グリップの背と腹の部分を、革紐で編むようにつないでみました。
こちらは鞘のステッチとは違い、見た目を変えることが主目的だったわけではありません。これまで作ってきたグリップを実際に作業で使っていると、一つ弱点があることがわかっていました。
縫い合わせ部分の糸が、使い続けるうちに摩擦によって切れてしまうというものです。
そこで今回は、振り切って背と腹の部分をすべて革紐でつないでみることにしました。
革紐にすれば、それだけで問題がすべて解決するわけではないかもしれません。しかし、これまで弱点になっていたところに別の構造を試す意味はあります。
ただ、はじめからこのように編んだように革紐を通すつもりではありませんでした。
はじめは靴紐のように通してみたのですが、気に入らなかったので、いじくっている間にいつの間にかこんなことになってしまいました(汗)。このあたりは行き当たりばったりです。
実際に完成したものを握ってみると、革紐の凹凸があるためか、これはこれで思ったより滑りにくく感じました。

鞘の構造も少しだけ改良
見た目では分かりにくいところですが、今回は鞘の構造にも一つ工夫を加えています。
鋸ケースというのは、意外に鋸を収納しやすく作るのが難しいものです。
市販品を含め、これまでわたしが使ってきた鋸ケースの多くは、鞘本体とベルトループが別の部材になっています。ですので、鋸をしまう際には狭い鞘の入り口を狙って刃を入れる必要があります。
そこで今回は、鞘の背面側の革をそのまま上へ少し延長し、その先にベルトループを取り付けました。こうすることで、鋸の刃を背面の革に当て、そのまま滑らせるように鞘へ入れることができます。
本当に細かな変更ですが、こういう地味で小さな使い勝手の積み重ねが、自分なりに使いやすいケースにつながっていくのだと思います。
刺し子のつもりが、アレみたいになった
さて、完成したものを眺めてみてどうだったか……
正直に言えば、
「思っていたのと違う」
でした(笑)
頭の中では、もう少し「刺し子らしいもの」を想像していました。ところが実際に出来上がった模様を眺めていると、どうも刺し子というより「あみだくじ」に見えてきます。
頭の中の完成像と、実物になった時の印象が違う。まあ、そういうこともあります。
今回の仕上がりが自分の好みにぴったりだったかと聞かれれば、そうではありません。
好きか嫌いかで言えば、たぶんわたしはこの方向ではない。
とはいえ、こういう雰囲気が好きな人は必ずいるだろうとも思います。
と、言い聞かせています(笑)
それに、最初に求めていた「素朴かつモダン」という雰囲気については、それなりに雰囲気を出せたのではないかとも感じています。
刺し子にはなりませんでしたけどね。
SADARI
さて、このケースに何という名前を付けるか?
最初は当然、刺し子に関係した名前を考えていました。しかし、出来上がったものがどう見てもあみだくじに見えてしまいます。
いっそのこと「AMIDA」でもいいかと思いましたが、それではあまりにも芸がありません。
そこで少し調べてみると、日本でいうあみだくじに近いものが韓国にもあり、「サダリタギ」と呼ばれていることを知りました。
そこから名前を取ろうと考えましたが、今回は少し短くして、SADARIと呼ぶことにしました。
SADARIは「梯子(はしご)」という意味です。
SADARIという名前を考えた時には意識していませんでしたが、改めて完成品を見ると、グリップの革紐も梯子のような形になっています。
鞘には、刺し子から始まってあみだくじのようになった細かなステッチ。グリップには、結果として梯子のようになった革紐。
そう考えると「SADARI」という名前は、偶然ながら今回のケース全体をうまく表しているように思えます。
想像どおりではなかった。それでも作った意味はあった
今回のSADARIを、自分の中で「よく出来た革ケース」と評価しているわけではありません。
グリップの革紐も、わたしには少し大袈裟で、いかつい印象になりすぎてしまいました。
鋸そのものも、今のところ現場で使う気はありません。
またしても箪笥の肥やし、宝の持ち腐れになるかもしれません(笑)。
ただ、土佐片盛240ほど「使うのがもったいない」と思えるほど自分好みに仕上がったわけでもありません。
そこは前回と違います。ですので、そのうち普通に使ってしまうかもしれません。
「いやふざけんな、普通に使ってくれ!」
ニョンパさんはそう叫んでいるに違いありません(笑)
それはともかく、今回作った意味がなかったかと言えば、まったく逆です。
革にこれくらい細かなステッチを入れると、どんな雰囲気になるのか。
これだけのステッチを入れるには、どれほどの手間が掛かるのか。
革本来の風合いと装飾をどう両立させるのか。
グリップの縫い糸が切れるという弱点に対し、革紐という方法はどこまで使えるのか。
鋸をよりスムーズに収納するためには、鞘をどのような構造にすればいいのか。
実際に作ったからこそ分かったことがたくさんありました。

そして何より、10年以上仕事部屋で何気なく眺め続けてきた一枚の風呂敷が、20年近く経って鋸ケースのデザインにつながるとは思ってもみませんでした。
刺し子を作ろうと思って始めたものが、完成してみたらあみだくじになった。
それでもいいじゃない。
SADARIは、完成形そのものよりも、そこへ至るまでの試行錯誤と、そこから得た次へのヒントに意味のあるケースになりました。
