植木屋として仕事をしている今、わたしは木鋏、剪定鋏、鋸を腰につけて剪定しています。そのうち剪定鋏として長年使っているのが、スイスのメーカーFELCO(フェルコ)のものです。
今では当たり前のように腰に下げていますが、かつてわたしは剪定鋏をほとんど使わない植木屋でした。
というより、
剪定鋏は使わせてもらえなかった。
という方が正確です。
そんなわたしが、なぜ外国製のフェルコを使うようになり、今では仕事のレギュラーにまでなったのか。
今回は、フェルコそのもののレビューではなく、わたしがこの鋏を使うようになった経緯について書いてみようと思います。
最初のFELCO2はドイツ人の同僚からの贈り物
昔、一年ほど一緒に働いていたドイツ人のクリストフさんという人がいました。
そのクリスさんがお別れの際に、わたしにプレゼントしてくれたのが、
FELCO2
でした。
フェルコはスイスのメーカーですが、クリスさんいわく、ドイツではよく使われている剪定鋏なのだとか。
フェルコと言えば、世界中に愛用者がいるビッグネームですが、当時のわたしはフェルコなんて知りませんから、
「へ~、そうなんだ。異国のツールをありがとぅ!」
くらいの感じで、ありがたくいただきました。
赤い柄の、いかにも外国製といった雰囲気の剪定鋏。
ところがです。
せっかくもらったFELCO2でしたが、その後何年もの間、ほとんど使うことはありませんでした。
昭和の匂いがまだ残っていた職場
ここは少し当時の話をしておいた方が、この先が分かりやすいかもしれません。
わたしがその会社へ入ったのはノストラダムスの大予言でおなじみの年です。
日本には昔から徒弟制度というものがあります。わたしがいた会社がまんま昔ながらの「師匠と弟子」だったわけではありません。
一応ちゃんと会社です。
ただ、庭師の修業の場というような空気はかなり色濃く残っていました。
社長は昭和20年代生まれ。平成も10年以上経っていましたが、今振り返ると職場にはまだかなり昭和の匂いが残っていました。
無茶もいろいろさせられました。
「嫌なら辞めていいよ」
「代わりはいくらでもいる」
そんな空気もまだ普通にありました。
今のように人手不足で、
「働いてくれる人を大切にしなければ」
という空気とはだいぶ違いました。
仕事を探す側の方が弱い。
使えないと思われれば切られる。少なくとも、わたしがいた会社ではそういう感覚がかなりありました。
そんな時代に、昭和の職人気質を色濃く残した植木屋へ入り、見習いとして仕事を覚えていた。
その背景の中に、
「剪定鋏を使わせてもらえない」
という話があります。
半人前に剪定鋏は持たせない
当時の会社では、まだ仕事を覚えているような人間に剪定鋏を持たせませんでした。
理由は一言でいえば、
剪定鋏を使うと仕事が雑になる。
ということでした。
剪定鋏は便利な道具です。細い枝はもちろん、それなりに太い枝までバシバシ切れる。
ところが木鋏と比べて刃の構造上、細かな枝の間へ入らないこと。切断方向によっては枝の切り残しが出てしまうという特徴があります。
便利だからと何でも剪定鋏で済ませるようになると、仕上がりが雑になる。
だから半人前には持たせない。
当時、わたしたちが腰につけていたのは、
木鋏と鋸だけ。
でした。
木鋏と鋸だけで仕事を覚える
木鋏というのは、細長い刃先を持った両刃の鋏です。

狭い枝の間にも刃先が入りやすく、細かなところを狙って切ることができます。
特に雑木類の剪定では、幹や枝そのものを見せることも多いので、小さな切り残しでも意外と目立ちます。
だから、
「まず木鋏と鋸できちんと仕事を覚えろ」
ということだったのでしょう。
どうです?
いかにも職人の世界って感じじゃあないですか?
わたしは、この話あまり好きじゃないんですけどね(笑)
だって、
馬鹿と鋏は使いよう。
と言うじゃないですか。
剪定鋏そのものが悪いわけではありません。
どんな場面なら便利なのか。逆に、どんなところでは木鋏を使った方がいいのか。本来なら、それを覚えればいい話です。
今なら、少しだけ理解できる
ただ、当時より仕事を長くやるようになった今では、この考え方もまったく理解できないわけではありません。
先ほど書いたように、片刃である剪定鋏で枝を切った場合、枝に切り残しが出易いのに対し、両刃である木鋏ではそれが出にくいという特徴があります。
まだ切るべき枝の見方もよく分からない。どこで切ればいいのかも怪しい。そんな人間に、それなりの太さの枝まで簡単に切れてしまう剪定鋏を持たせる。
これは確かに危険です。
しかも現場では、一人ひとりに手取り足取り、なんて教えているわけにもいきません。
だったら最初から、
便利すぎる悪魔ツールを渡さない。
乱暴ではありますが、教育方法としては案外合理的だったのかもしれません(笑)
そして木鋏と鋸しか知らなければ、何のことはない、それはそれで普通に事は済んでしまうものです。
せっかくもらったフェルコは長い眠りへ
そんな環境だったので、クリスさんにもらったFELCO2は長い間ほぼ放置状態となりました。
今考えると、せっかく海外の同僚がくれた世界のフェルコなのにもったいない話です。
でも、使う習慣そのものがありません。
必要性も感じていませんでした。
ですから、
「これ、なかなかいい鋏じゃないか」
と気づくまでには、かなり時間がかかってしまいました。
まともに使い始めたのは、もらってから5年以上経ち、わたしが独立してからです。
独立したのに剪定鋏の使い道がわからない
植木屋としてそれなりに仕事をしてきて、ついには独立までした。
にもかかわらず、
剪定鋏をどう使えば便利なのか、いまひとつ分かっていない。
なかなか珍しい植木屋だったと思います(笑)
最初にフェルコを使い始めたのは、剪定そのものよりも枝ゴミを細かくする時でした。
剪定すると当然、大量の枝が出ます。それを積み込んだり処分したりするために、長い枝を小さくしていきます。
太いものは鉈なども使いますが、その補助としてFELCO2を使ってみた。
すると、
これがよく切れる。
今まで剪定鋏そのものをほとんど使っていませんでしたから、
「剪定鋏って結構便利なんだな」
という、あまりにも今更な、植木屋としてはだいぶ遅めの発見をしたわけです。
最初は「困った時の助っ人外国人」
とはいえ、この段階ではまだレギュラーではありません。
木鋏と鋸が不動のスタメン。
フェルコは、
困った時だけ呼ばれる助っ人外国人。
くらいの位置づけでした。
ちょっと太い枝がある。
木鋏では厳しい。
でも鋸を出すほどではない。
そんな時に、
「お~い、スイス生まれのドイツ人来てー」
という感じです(笑)
クリスさんがドイツ人だったせいで、わたしの中ではいつの間にかフェルコまでドイツ人枠に入っています。
本当はスイス生まれです。
少しずつ出番が増えていった
ところが、使っているとやはり便利なんです。
木鋏ではちょっと太い。
鋸を出すほどではない。
そんな枝をサクッと切れる。
剪定中だけでなく、枝バラシにもそのまま使える。
つまり、わたしにとっては木鋏や鋸の代わりではなく、
木鋏と鋸の間を埋めてくれる道具
だったんです。
それが分かってから、少しずつ出番が増えていきました。
はじめは困った時だけ呼ばれていた助っ人外国人でしたが、
「今日も一応呼んでおくか」
となり、
そのうち、
「いや、もう最初からいてくれ」
となる。
そして気づけば、毎日腰にぶら下がっているレギュラーになっていました。
FELCO2を使い倒し、次に選んだのもフェルコ
そうして長く使った最初のFELCO2。
かなり使いました。
最終的には、赤いグリップの被覆が片方剥がれてしまうところまで使い込み、
「さすがにそろそろ限界かな」
となりました。
そこで次の剪定鋏を買うことになります。
選んだのは、
FELCO11。
結局またフェルコです(笑)
FELCO2より少し小さめで、刃の部分がスリムな後継モデルです。
途中、さらに小さいFELCO6も試してみましたが、現在常用しているのはFELCO11です。

FELCO2から始まって、11を使い、6も試し、それでも結局11へ戻る。
そんなこんなでフェルコを10年以上使い続けています。
日本製も使ったけれどフェルコへ戻った
途中、日本製の剪定鋏を使ったこともあります。
日本は刃物の国ですから、当然よく切れる剪定鋏はいくらでもあります。
世界的に有名なフェルコが日本ではそれほど知られていないのも、日本には安くて良い剪定鋏がたくさんあるからなんです。
ですから、
「外国製だからフェルコの方が優れている」
という話ではありません。
ただ、わたしが剪定鋏に求めている役割には、フェルコが合っていました。
わたしの場合、細かな剪定は基本的に木鋏。
太ければ鋸。
剪定鋏には、その中間と枝バラシを担当してもらいます。
そうなると、線の細さや繊細さよりも、
多少荒っぽく使っても大丈夫そうな安心感
の方がありがたい。
フェルコには、それがあります。
フェルコの「屈強さ」が気に入った
フェルコを見たことがある人なら分かると思いますが、全体的にかなりがっしりしています。
繊細でスマートというより、
屈強。
という言葉の方が似合います。
赤いグリップ。
厚みのある刃。
メカニックな構造。
いかにも外国の道具らしい雰囲気があります。
これは和風建築と洋風建築の違いみたいなもので、どちらが優れているという話ではありません。
瀟洒で細やかなものもいい。
どっしりとした強さを感じるものもいい。
たまたま、わたしの使い方には後者が合っていたんでしょうね。
道具は使ってみないと分からない
最初にもらった時には、ほとんど使わなかった。
それどころか、当時は剪定鋏そのものの必要性さえよく分かっていませんでした。
ところが独立して、自分なりの仕事のやり方ができてくると、フェルコの居場所が見つかりました。
そして今では、最初のFELCO2を使い倒し、その後も別モデルを買いながら使い続けています。
振り返ってみると、道具というものは面白いものです。
良い道具だからといって、誰にでも最初から良さが分かるとは限らない。
使う人間の仕事の仕方や経験が変われば、道具の見え方まで変わる。
フェルコの場合、わたしの方がこの鋏に追いつくまで、5年以上かかったということなのかもしれません。
今ではフェルコのための革ケースまでつくった
そして、いつの間にかレギュラーになったフェルコ。
毎日腰につけるようになれば、当然そのケースも必要になります。
市販のものを使えば済む話なんですが、
まあ、そこはこのブログを書いている人間ですから(笑)
最終的にはフェルコ専用の革ケースまで自分でつくりました。
それが、
Felco Classic Sheath
です。

この革ケースは、その後細かな改良を重ねながら現在も仕事で使っています。
フェルコとの付き合いから生まれた革ケースについては、こちらの記事で詳しく紹介しています。
→ Felco Classic Sheathの製作エピソード
また、フェルコそのものの切れ味や特徴、良いところ・気になるところについては別の記事で詳しく書いています。
最初は使い道すらよく分からず、長いこと放置していたFELCO2。それが今では、モデルこそFELCO11に変わりましたが、フェルコの剪定鋏が毎日のように腰からぶら下がっています。
最初にもらった時には、まさかこんなに長い付き合いになるとは思っていませんでした。
